しゃかりきに生きる
しゃかりきに生きてきたか
そう言い切れる
子どもの頃からそうだった
働くことをいとわなかった
5年生から2年間朝夕の新聞配達もした
休みには祖父母と通い畑にリヤカーを引いた
放課後の遊びは限られた時間しかなかった
だからなんでもかんでもしゃかりきだった
宿題は家でやると親父に叱られた
勉強は学校でやるものだと訳がわからなかった
だからカッパ(いまも親交のある友)の家が勉強部屋だった
成績はほどほど取っていた
クラスの女の子に嫌いだと言われた
理由は勉強もせずに遊んでばかりいるくせにと妬まれた
遊びも勉強もアルバイトもしゃかりきだった
子どもの頃のしゃかりきの体験は大人になって生きてきた
どんな仕事でも二つ返事で引き受けた
できないことはできるまでやるしかない
朝の4時から自宅の机に張り付いて仕事した
出たての高いワープロを買い入れ原稿を書いた
朝一番で学校に行き謄写版の輪転機を動かした
右手の中指には鉄筆の指だこが出来ていた
為すべきことは歳を重ねるごとに多くなった
それでも決して手を抜くことはなかった
どんな仕事もしゃかりきになってこなしていった
人との競争は無頓着では無意味だった
どんな仕事でもまていにすることだけに心を配った
失敗もするし妬まれることもあった
冷ややかな目線を感じながらもやるべき事をした
ときにふがいなさに腹立たしさを感じたこともあった
悩んだり苦しんだりするはやる分に比例して当たり前になった
愚痴っても何の解決にもならなかった
すべてのモチベーションは子どもたちからもらった
その存在こそが働くパワーとなった
彼らがやりたいことを実現しようとしゃかりきに取り組んだ
彼らがやりやすいようにしようとしゃかりきに動いた
彼らと一緒になって一体化してる喜びをいつも感じた
若い教師は子どもらのおもいの中で生かされた
しゃかりきに働くことは苦にならず少年時代の体験が生かされた
しゃかりきに学ぶこともサボりの分だけ少年時代の後悔が生かされた
いまそのしゃかりきに積んできた財産を食い潰している最中かもしれない
[2023年2月8日書き下ろし、17日訂正。しゃかりきになった若き日の追想]