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6月, 2025の投稿を表示しています

恥じない

何をしても 何を言っても 恥じることは決してない   何をされようとも 何を言われようとも 恥じることはあり得ない   笑われても 咎められても 恥じることはしてはいない   間違ってはいない 傷つけることもしていない 恥じることなく嘯(うそぶ)く   恥ずかしさを知らない 恥ずかしさに気づかない 恥じることは何一つない   常識を身につけず 礼儀は身につかず 恥じることは意に介さず   開き直って意を通す 聞く耳を持たず突っ走る 恥じるなど一切に口にせず   恥を晒して生きる 恥を恥とは思わず生きる 恥じることの律は棄てられる   「 2025 年 6 月 29 日書き下ろし。常識や礼儀が崩れてゆく。おかしいのは周りだと自己弁護する人たちが、迷惑行為に自ら恥をさらけ出す」

突き放す保育

大丈夫 出来るでしょ 出来ないわけないしょ 昨日は出来たっしょ   今日はなんだか出来ないんだ こんな気分が顔に出る 今日はひとりでやりたくない 一緒にやってくれないの 今日は少し甘えちゃいけないの そんなに強く叱らないでほしいんだ 今日はいやな日になっちゃった なぜか涙がこぼれてきちゃった   泣いてもダメ 出来るまでやんなさい 出来ないなんて言わせない 泣いてもムダ 出来るのに甘えない 出来ないなんて噓つかない   いやだ こんな嫌な目にあうのはいやだ 子どもを突き放す いやだ 出来ないからって言ってるだけなのに 子どものわがままを許さない いやだ 叱られても出来ない日もあるっしょ 子どもを叱って言うことをきかす いやだ 先生の怒った顔が怖いんだ しつけには泣せるぐらいしないと分からない   園で楽しく遊びたかったのにどうして叱るの ひとりで出来ないから助けてほしかっただけなのに 園は笑顔が一番だっていってどうして叱るの ひとりで上手くいかないこともあるよね 昨日出来たから今日も出来るってどうして叱るの ひとりで出来ないからって哀しくて辛い   泣く子に厳しく自立を促す やり遂げたら褒めてあげよう 泣く子は責めを負う辛さに声を上げる ここで手を貸せば叱ったのが無駄になる 泣く子は先生が嫌いで抵抗する 諭すことさえ忘れ意固地になる   幼子の自立を育てるとは何か 自分でやろうとする自立心を育むのがいいね 叱って無理矢理やらせることでもないのかな 少しずつやれる喜びに導くなら自信につながるね 挫けたときに優しくそばに寄りそう人こそ必要かな 出来た瞬間抱きしめてあげられたら幸せだね   〔 2025 年 6 月 28 日書き下ろし。園児の成功体験をどう積み上げていくのか。突き放すことで、自立を促す保育と考える人もいるだろう。叱ることなく信頼を築きながら自立心と行為を育てることも出来るはずだ〕

殺伐とした心象

こんなことまでやるのか ここまでするのか 性欲を満たす卑猥な面子が集う 盗撮画像を愉しむ教員の SNS がバレた   ギタギタと煮えたぎる憤怒を抑えられない ドロドロのさもしさに言葉を失う ニタニタと教壇に立つ気色悪さに反吐が出る バレなければと悔しがる本音が透ける   閉鎖的な学校は性犯罪を抑制できるのか 氷山の一角と不祥事にするのか 生徒指導も学習指導も不安と不満が混じり合う 仮面を被った歪んだ性欲が子どもを襲う   潜在化する性意識との葛藤を否定できない 性趣向も容易に変えることはできない 道徳的品格を求めることも野暮なのだ 偽善を装うことの反動が子どもへ向かう   悪貨は良貨を駆逐するという 多忙を理由に処遇改善は妥当なのか 教員の質は果たして担保されるのか 学校という風土が簡単に変わるとは思えない   学校が不祥事にどう向き合うのか試されてきた いじめの認定を巡っても時間がかかる 不祥事を起こしても軽い懲戒で済まされる 子どもと向き合い情熱を傾ける人は救われない 他人事だと思う限り同じことが繰り返される   正常な性欲と異常さをどう見極めるのか 建前の研修もどきで焦点をずらしてはならない 個人の問題にすり替えて組織を守ることに腐心してはならぬ 学校という名の信頼の根拠がこうして失せてゆく 殺伐とした心象を拭い取ることはなかなかできぬ   〔 2025 年 6 月 28 日書き下ろし。親鸞もトルストイも性欲に悩まされる。しかし、子どもを狙った盗撮画像を SNS で共有する教師集団が摘発された。言語に絶する。教育のあるべき現場が異常な性欲で汚されてゆく〕  

欠けた器

思考の停止 言葉の喪失 欠けた器がひとつ 何も残ってはいない   記憶の停止 記録の喪失 欠けた器がひとつ 誰かに捨てられる   欲望の停止 知欲の喪失 欠けた器がひとつ 熱風に晒される   憧憬の停止 関心の喪失 欠けた器がひとつ 無機質に戻る   義務の停止 権利の喪失 欠けた器がひとつ 無用なモノに過ぎない   共感の停止 情感の喪失 欠けた器がひとつ 人間を辞めた象徴   欠けた器が割れた   〔 2025 年 6 月 27 日書き下ろし。欠けた器に象徴されるのは何か。その想像力も喪失する〕  

皮肉屋と風刺

皮肉屋は好きにはなれない 真っ当には付き合えない 人を食ったような蔑みが気に入らない なぜか嫌味が口元を歪ませる   皮肉屋の妬みがうざったい あげつらう言葉が拒絶を促す とげとげしさがにじむと目を背く なぜか嫌悪が口元ににじみ出る   皮肉屋の当てこすりが不快だ ひがんだ言葉がみみっちい いい気になってるのが許せない なぜか不遜が鼻につく   皮肉屋の突っ込みは面白い 斜めに世の中を言葉で切るのがいい ただそれ以上でもそれ以下でもない なぜか納得することもある   皮肉屋はときに本質を突く 視点や発想が言葉を尖らせる 皮肉で終わらせるだけではそれまでだ なぜかもったいない気分が襲う   皮肉屋は皮肉の範疇で収まってはならない 人とは違う鋭い批判を言葉に託す 感性を刺激し世に人にアンテナを張る なぜか共感を生む風刺力が育ってゆく   〔 2025 年 6 月 23 日書き下ろし。皮肉の域からの脱出が課題か〕

生きた証のカタチ

陶芸家は自分史を造形で表現する 命をいただいた喜びが素直にカタチに表れる 父母の慈愛とその暮らしに深い追憶を求めた 過去の記憶はモノにまつわるエピソードに綴られる 乳白色の柔らかな曲線が優しく招く 温かい造形は彼女の人間味を醸し出す   父と母との Story 鍬が円輪の中に置かれた 時間の回廊の中に錆びた鍬が過去を語る 開拓で入った厳しい暮らしにあった先人 鍬を父は引き取り使ってきたのだろう 日常の中にあった道具が役目を終える 陶芸家は鍬に静かに語らせる   豚の尻を撫でる母の手 出生にまつわるノート おにぎりの大きさには圧倒される デフォルメされた様々な造形が語り出す 家の柱に使った丸太が森の中に置かれた 静寂な小さな森の美術館は彼女の人生を纏った   〔 2025 年 6 月 24 日書き下ろし。教え子の陶芸家前田育子さんの個人展を北広島市の黒い森の美術館を妻と鑑賞する。いい時間が流れた〕

都議選を冷ややかに見る

お仕置きも 中途半端に 幕を引く 気取る都会の 無関心知る   半数も 満たぬ投票 議会選 明日の舵取り 任すに腐心   立てただけ 誰も受からず 良しとする 目標達成 何をか言わん   裏金も 消費税にも 半数棄権 権利失効 制度崩壊   民主主義 気にもとめずに バカを見る 変わらぬ都政 吹きだまる愚痴   党の名で 選びし議員 党に従う 理念も捨てて 無事職を得る   論戦は その場限りの 空言と 立ち止まるには 熱きものなし   半数で 民意を叫ぶ 勘違い 政治不信に 効く薬なし   危機感も 慣れるだけで 済まされる 共感乏しく 冷えゆく都会   批判する 正すことさえ 拒まれる 女帝の意のまま かしずく都民   気にかかる 金が回れば 安堵する 期待外れを 避けたい庶民 糾弾の 恐れもなくば 票数え 当落だけで 可も不可もなし 性欲は 政治欲へと シフトする 寛容当てに 無罪放免 誰のため 誰でもいいか 騙しても バッジを付ければ 我が身に尽くす 小人の 秘めた企て すぐバレる 党利党略 求む一馬力 宗教も 政治に絡む 時代去り 嘆き節にも 漂う悲哀 参院選 投票率が 左右する 起きずに寝てと 保守は祈るか 変革は 兆しなければ 熱もなし ただ繰り返す 議会運営 地方枯れ 企業納税 東京へ  水道くらいで 水には流せず   〔 2025 年 6 月 24 日書き下ろし。今朝の各社の社説で都議会議員選挙を取り上げる〕

抗う意味

人は己に抗い生きる 勤勉を求めつつ怠惰を抱く 善意を求めつつ悪意に悩む 理を求めつつ情意に流される   人は己に恥じらい生きる 成功を求めながら失敗に涙する 相思を求めながら片思いで終わる 理想を求めながら現実に挫ける   人は己を甘やかして生きる 目標に求めても頓挫を許す 全力を求めても限界を緩ます 理念を求めても思索を中断する   人は己を信じて生きる 何事もやれば出来ると過信する 努力なく夢は叶うと軽信する 理知に乏しくとも自覚を拒む   人は己を省みず生きる 後悔する過去を消去する  過ちは都合良く忘れる 理性は感情に抑制される   人は己を唯一に生きる 利他よりも自利を優先する 自戒よりも他者に嫉妬する 理よりも非理に惹かれる   人は己に抗い生き続ける 否定できぬ本性を隠す 肯定できぬ無能に逆らう 理なくば真も見出せず彷徨する 〔 2025 年 6 月 23 日書き下ろし。己と向き合うとはどういうことなのかを問う〕

規律の働きとは

罰するためにあるのか 後ろ盾のためにある 正当化するためにある 後ろめたさを恥じぬためにある 弱さを隠蔽するのに便利だ   放置し無関心を装う 黙認し処罰の機を伺う 反抗し規律を破るのを待つ 罰する根拠に好都合だ   指導力のない無能さを知る 人間味のない薄情さを晒す 倫理もない無恥さを覚る 欠点を問わぬ規律を遵守するだけだ   破るためにある 破ったと知らされるためにある 理不尽さを知るためにある 従順さを強いられる苦痛しかない   慣習を踏襲するしかない 伝統という不文律に立つ 世間という空気に叛意を削がれる 無意識のうちに洗脳されるだけだ   面倒な思索は邪魔でしかない 改善への努力は無用でしかない 疑問も批判も無力でしかない 確固たる規律として認めるしかない   正論を叩くに壁となる 正義を挫くに力で抑える 統制と制御に役に立つ 反社会性を誇張して排除するだけだ   あるべきだという是非が問われる  あらねばならぬという価値が揺らぐ あってはならぬという正義が憤る 舐められたと口封じのために規律を持ち出す   〔 2025 年 6 月 21 日書き下ろし。規律とは何か。ろくでなしが正論ぶって自衛のためにあるのかも知れない〕

子守歌覚えていますか

どんな子守歌を聴いたのだろうか 思い出したくとも浮かんでこない   何か忘れ物をしてしまったような気分 何か置き忘れたような気分 何か寂しさが募る気分 母を慕う心の原風景を失ったようだ   何気ない子守歌だったかも知れない 大阪生まれの母が懐かしんだ歌かも知れない 流行歌の一つだったかも知れない 母が 4 人の子にどんな歌で寝かせたのか   20 年も昔長崎で子守歌をテーマに話をした どんな歌だったのか覚えているか どんな歌を歌ったのか どんな気持ちで歌ったのか 子守歌にまつわる母親の心情を教えてもらった   「むすんでひらいて手をうってむすんで…」 原曲はジャン=ジャック・ルソー( 18 世紀『社会契約論』)だという 明治の頃賛美歌で日本に入ってきて軍歌にもなったという 幼児の遊び歌で広く歌い継がれてきた歌でもあった 中国では子守歌としてメロディーが残った(中国映画「舟に乗って逝く」)   25 日認定こども園で昔話の読み聞かせをする どんな子守歌を歌ってもらったのか教えてもらおう 「むすんでひらいて」を一緒に元気良く歌おう 次には子守歌のように優しく歌ってもらおう その日は子らが母親に子守歌を歌ってあげる夜になる   〔 2025 年 6 月 19 日書き下ろし。6月 16 日の天声人語に見入った。驚きとともに幼子たちが浮かんだ。母を慕いつつ出会う子らとのコラボレーションを企む〕  

右も左も生きにくい

右と左の分岐点 真っ直ぐに行けぬのか 二択しかないのはバカバカしい 誰かはそこに踏み絵を仕掛ける   右でも左でもない 日和っていると罵倒される 曖昧な態度は許されない 思想にかぶれ正義を羽織る   右でも左でも制裁ごっこ 意に反すれば銃を持つ 平和デモに軍隊を要請し制圧する 敵対勢力は許さずと権力を示威する   右に行っても枝分かれ 穏健か極右に分かれ対峙する 左に行っても枝分かれ 穏健か極左に分かれ対峙する   思想など掃いて捨てるほどごまんとある 右も左もかぶれれば手に負えぬ 新興宗教の如く狂信的な行動が目に余る 互いに正しいと主張して力でねじ伏せる   人は思想や偏見で左右され操られる 思慮する根が浅いほど軽信する 知性は軽視され反感が憎悪に変わる 左右の分断は不幸の再生産を堅持する   互いにフェークニュースを流し続ける 互いに尊厳なく執拗な攻撃をし続ける 互いに平和を築くことなく破壊し続ける 左も右もいつか暴君の支配に委ねる 〔 2025 年 6 月 19 日書き下ろし。思想的分断が宗教的対立と融合する危機が現実化する〕

揺れるのは

気温は三十度に近い 熱風が吹く 万緑の枝が揺れる   揺れているのは風か それとも枝か それを見ているきみか   枝は風に吹かれて揺れる 風のせいだと思い込む 風はきみの中にも吹くのか   風は空気にしか過ぎない 枝はその風に身を任す 不安に揺れるきみも身を任す   枝はきみになった 風の強さで身を震わせる 葉が落ちると同時に身を切る   風はきみだった 生きるという決意が揺らいだ 風を起こして身を晒す   きみは風に問う このまま揺れてもいいかと 風は無言だった きみは揺らぎを引き受けた   いつかはやむ風 待つだけでは虚しかった きみは揺らぎなから風に向かった きみは枝から舞い散る万緑の葉になった   〔 2025 年 6 月 18 日書き下ろし。心に吹く風とは何か。揺らぎながら人は諦めず生きる〕

縁が出会う

人は生涯どれだけの人と出会うのだろう 人は生涯どれだけの人とさりげなく別れるのだろう 人は生涯どれだけの人を覚えているのだろう 人は生涯どんな人と縁が生まれるのだろう   縁は良縁も悪縁もある 良縁がいつか悪縁に変わることもある 悪縁がいつの間にか良縁となることも そうなるのは己の出会いの運か   縁は求めて叶うのか 相手との心の距離を推し量る 縁は出会いの質なのか 相手にもスイッチが入らねばならない 縁は己が試されることなのか 相手を見極めなければならない 縁は無意識に作用するのか 相手への敬意の贈り物かもしれない   悪縁は拒みたい 意図しなくても悪縁は生まれる 腐れ縁に抗いながらも自嘲する 悪縁は絶ち切らねば消耗する   縁を結ぶ紐を知る 緩くなれば互いに離れる きつくすれば互いを縛る 利に走ればすぐに切られる 縁とは生きて働く相関図を見せる   縁に出会い委魅了され続けて 善くも悪くも縁は人生の彩りとなる   〔 2025 年 6 月 18 日書き下ろし。縁とは何か。追及するに値するテーマだ〕

洗車する

札幌も暑い陽射しになりそうだった 朝起きがけに涼しい洗車場に走った 3台のスペースの左側が広い 誰もいないのでせつかれない   リニュアールされたメニューボックス 最初に洗剤と水洗いのコースを選ぶ 2ヶ月の汚れが徐々に落ちてゆく 最後に最新のコーティングを選ぶ   車を少し移動させて掃除機をかける この4年半ひとりで使ってきた 室内は足元の小石と泥がうっとうしい 隅々までゴミを吸い取る   再度車を移動させて拭き取り 汚れを確認しながら丁寧に拭き取る TOYOTAYARIS という車種でも車上は高い ようやく気持ちがスッキリした   帰宅して駐車場でまた一仕事 ドアのパッキングされたゴムにワックスする フロントガラスには特殊なコーティングをする 細々と磨きをかけながら汗が浸り落ちる   後部の荷物スペースの掃除と整理が続く 去年の秋から突っ込んでいたゴミもどき 不要なものは次々捨てられていく 下部に雑巾をかけて終了する   最後にまだ使える雑巾をベランダの下で洗う 陽射しは暑くなる一方で頭皮から汗が噴き出す 茶の間の TV は大谷翔平投手が663日ぶりにマウンドに立った 1 点は献上したが自分で 1 点返して負け投手にはならなかった 暑かった今日は何か清々しい一日になった 平凡な日常にあったいつもと違う日はたまにいい   〔 2025 年 6 月 17 日書き下ろし。洗車もだんだん億劫になってくる。雨の多い週は躊躇う。結果 2 ヶ月も先送りした。週末雨が降る〕  

虚栄と虚勢

偽善を見透かれた 実力は見せかけだとバレてしまった 騙されたと知って冷たくなった   さも偉そうに振る舞った さも出来ると豪語した でも内心ビビっていた   空威張りは通じなかった 自慢できることは何もなかった 空っぽの小さな器に過ぎなかった   地位や財産で見栄を張ったツケが回った 門地や血筋を誇ったのは間違えだった 実績と人柄が全てだった   世の中誰もが生きずらい 真っ当すぎればバカを見る さもしさが虚勢を張らした   世の中誰もが仮面を被る 本音を見せれば付け入られる せめて虚栄心で身を守る   世の中誰もが噓をつく 見栄を張らねば見下される 虚勢も虚栄も世渡り次第だ   虚栄を笑われても仕方ない 虚勢を見破られても仕方ない そうしなければならぬ人の世こそ虚しい   〔 2025 年 6 月 15 日書き下ろし。虚勢を張り虚栄心を満たす世に、人は翻弄される〕

悲しみは消えず

悪意への苛立ち 悔いは薄らぎ 憎しみは消えず   私利への誘惑 良心は薄らぎ 利欲は消えず   不本意との葛藤 苦しみは薄らぎ 妥協は消えず   不義への沈黙 悩みは薄らぎ 罪過は消えず   期待への裏切り 挫折は薄らぎ 自尊心は消えず   失意との対面 弁解は薄らぎ 失望は消えず   欺瞞への傾斜 節操は薄らぎ 悪行は消えず   愛する者との別れ 辛さは薄らぎ 悲しみは消えず   〔 2025 年 6 月 14 日書き下ろし。人は困難をいかに処理するのか。ダメージを薄めても消えずに残しものと向き合う〕

ぼうやのほっぺと風

何があったか知らないけれど 泣きたいだけ泣くといい ぼうやの心が空っぽになるまで 泣きたいだけ泣くといい ぼうやのほっぺに風が吹く やさしくなでて慰める   なにが欲しいか知らないけれど 声を張って泣くといい ぼうやの心が空っぽになるまで 思いっきり泣くといい ぼうやのほっぺに風が吹く やさしくなだめて慰める   母さんさがしているのかな 心細くて泣くといい ぼうやの心が空っぽになるまで 力の限り泣くといい ぼうやのほっぺに風が吹く 母さんの臭いを運んでくれる   時には冷たい風も吹く 泣いても泣いても叶わない ぼうやの心が空っぽになっても 泣き疲れるまで泣くしかない ぼうやのほっぺに風が吹く ねんねこねんと子守歌が聞こえてくる   ぼうやのほっぺに風が吹く 流した涙をかわかすように くずれた涙顔を取り戻す ぼうやのほっぺに風が吹く 笑顔が涙をわすれるように 乳をほおばり心も満たす   〔 2025 年 6 月 14 日書き下ろし。乳飲み子に吹く風は幸せを包む風であってほしいと〕

悲戦歌

貧しさゆえに兵士になった 故郷から遠く離れた異国の地にいた 過酷な戦闘の前線にいた 瀕死の重傷を負った兵士は銃殺された 捕虜もなぶり殺しされていった 背後から撃つと脅された 異常な世界に誰もが狂気にまみれた 無抵抗な者への略奪と暴行そして殺戮は許された 善悪の判断は歪み憎悪と暴力が正義となった   国を守る戦いではないと確信した 不安と不満を暴発させてただ憤死する地獄だった 現実の死の恐怖からは逃れられないとあがいた 異常な世界に正常な精神などありえなかった 臆病者となじられても死にたくなかった   志もない上司の命令に従うしかない一兵卒だった 死にゆく友の一滴の涙が無念さを語った すでに戦意は失せ怯えていた いまだ生きているのが不思議だった 神からも見捨てられた戦場では救われる者はいない 夜ごと無事を祈る母の優しげな顔を思い浮かべた 母は救いの神だった   若い兵士は帰還することも許されなかった 非戦を叫ぶ母の声は誰もが耳を塞いだ 悲戦はいまも侵略者の烙印を押され戦い続ける 若い兵士は夢すら絶望の中に破棄された 帰郷したとしても身体や心に傷を負い一生を悔いる 悲戦は戦後も彼らの人生に暗い影を落とし苦しめる 悲戦を乗り越える歌がほしいと闇の中で願い葛藤する   〔 2025 年 6 月 10 日書き下ろし。戦争は若い兵士たちのおもいなど無視する。戦後精神を病む者たちは「悲戦」から逃れられない〕

跋渉はかなわぬ

トレッキングシューズはしばらく履いていない 跋渉を諦めて二十年は経つのか   散策程度ならまだ歩けるかも知れない 舗装された道を歩くのはなぜか虚しい 土や草の感触がないとなぜか寂しい   近くの野幌森林公園もここ数年ご無沙汰だ 歩くのが億劫になってしまった結果か 健康作りで散歩する人が多くなった結果か 散策で思索する習慣も崩れた結果か   一昔前はずいぶん内地に呼ばれた コロナ禍以降全く機会がなくなった 行っても仕事をするだけで名跡を巡ることもない 何ともったいないことをしてきたのか 歴史の学び直しをしてると後悔先に立たずか   2年前両足の踵痛を患った 特効薬もなく痛みを抑える塗り薬に頼る 屈んで草むしりをしていると負担がかかるのか 最近足の親指の角質化した局所に痛みが走る 跋渉を諦めた足は日常の中で悲鳴を上げ始めた 机に向かい時間を潰す日々は足の痛みを忘れる   跋渉に耐えぬ足ゆえに小さな空間で生きながらえる 跋渉に叶わぬ足ゆえに小さな創造に息を継ぐ   ※跋渉(ばっしょう)山を越え,水を渡ること。いろいろな所を歩き回ること。   〔 2025 年 6 月 11 日書き下ろし。歩くことが難しくなる。体力維持をどうするのか。老いる課題は次から次へと難題を振ってくる〕

デモの鎮圧と反乱法

州兵がデモ隊を制圧する 海兵隊も派遣され反乱法の適用を待つ ロスは暴徒が暴走しデモは略奪で深刻な事態を招く   デモ隊に死者が出れば一気にカオスが生まれる 兵士は移民の排除を命令される 殺傷能力がないとする銃が標的を定める   移民だけではなく政策に反対する自国民も無差別に狙う 抗議デモの参加者への侮蔑的なトップの言葉はその正体を曝す 呼応する兵士たちの雄叫びは狂気が満ちていく   敵は自国民だ 権力の乱用に酔うトップへの叛意だ 兵力でねじ伏せ国威を歪ませる暴挙に走る   敵はトップに反対する自国民だ 兵士はトップの威光を軍事力で無恥を晒す 彼らの銃弾は民主主義を破壊する前線に立つ   騒乱でも反乱でもない トップはデモを機に一気に政敵を叩き潰す 多くの哀れな国民は傍観するだけで蹂躙される   ロシアとどう違うのか プロパガンダに操られる米国民も変わらない 選択の自由はすでに悪しきトップを選んで棄てた   分断された移民の国アメリカ ドイツからの移民の子孫がヒットラーのようにふるまう 白人至上主義者がさらなる弾圧と政敵の排除を加速化する   追従する者たちはおこぼれにあずかる 思想信条も彼らの欲望を満たすだけの政治に加担する アメリカの自由と寛容はすでに屈辱に塗れていく   〔 2025 年 6 月 11 日書き下ろし。汚い言葉で兵士たちを煽る。呼応する兵士の声が恐ろしい。ロスで起こった移民問題への平和デモは、予想だしない不幸に見舞われる〕

憎しみの果てに

無垢なる命を奪われる 赦しは空言でしかない   哭泣は受け入れ難い感情 憤怒は抑えられない感情 憎悪は当たり前の感情 怨嗟は抗えない感情 遺恨は消すに消せぬ感情   戦争の現実は悪しき人の問題なのだ 領土と民族淘汰の侵略 無抵抗への卑劣な攻撃 無慈悲な非人間的殺戮 祈りは通じぬ押し黙る神 道徳も倫理も省みられず破棄 死を命じる悪魔に魂を売った支配者   平和への道筋は遠し 犠牲者の墓標を数えぬ冒涜 都市の徹底的攻撃による壊滅 廃墟に飢餓状態で生きる民衆 子どもの喧嘩と豪語する下劣な傍観者 自国に有利な戦況に躍起になる侵略者 仲介の労をとらぬ批判ばかりの無力な国連機構 都合良く神に告解して赦しを乞う冒涜 繰り返される独裁者の無謀な侵略の歴史   真実を隠蔽しプロパガンダを駆使する 無に帰すまで悪の限りを尽くす 破滅するまで凶暴はやまず 歴史に審判される日まで正義を唱える   ※哭泣(こっきゅう)大声をあげて泣き叫ぶこと ※怨嗟(えんさ)うらみ嘆くこと ※遺恨(いこん)①長い間もち続けていた恨み。宿怨。②残念に思うこと。心残り。   〔 2025 年 6 月 9 日書き下ろし。ウクライナを破滅させるまでロシアの非道は続く。さらにエスカレートして都市の爆撃は今日もやまず。イスラエルも何をか言わん〕  

かくれんぼ

いやなことがあったんだ 心のすみかにかくれんぼ 悔し涙は見せたくない   かなしいことがあったんだ 心のすみかにかくれんぼ 切ない涙は見られない   うれしいことがあったんだ 心のすみかにかくれんぼ 嬉し涙は恥ずかしい   つらいことがあったんだ 心のすみかにかくれんぼ 堪える涙はとどまらない   おもうことがあったんだ 心のすみかにかくれんぼ 夢見る涙は笑顔で乾く   優しいことがあったんだ 心のすみかにかくれんぼ 幸せ涙は取っておこう   友だちができたんだ 心のすみかにかくれんぼ ようやく涙とさようなら   〔 2025 年 6 月 9 日書き下ろし。子らはきっと心のすみかにかくれんぼするのかな〕

観光バブル

しばらく大通りに出ていない 人混みを知れば出不精になる 威勢のいいよさこいの歌と踊りが街に満ちる よさこい祭りは内外の人が入り交じって賑わう 経済効果を見込んだ商業システムが今年も稼働する   常に新しい街をつくってきた札幌のど真ん中 地下街も狸小路も海外の人でごった返す 中国系が目立つのか甲高い声が人混みの中に響く ホテルは高値がさらに物価高で上がる 食事も寿司ラーメン焼き肉が繁盛するのは定番か   札幌の風土とは何かを問われても答えられない 歴史は野幌にある北海道開拓の村で味わうしない 静かで風情のある景色を求めてもせんないか いまやネット検索で日帰り観光を個々楽しむ   北の都に文化を求めるのは酷か 人気アーティストの追っかけは場所を選ばず チケットも抽選となり全国から応募が殺到する それでも外からの風があるだけ街が飾られる   用足しをしたいと思いつつ足が向かない 観光客で埋まる景色を見るだけのことか 彼らが楽しんで帰っていくだけのことか なにか用のない街になりそうな気配も感じる ただ経済的な潤いがなければ地域は成り立たない 札幌という街の中味を大通りだけで判断してはいけない   空っぽな街はきっと文化も暮らしも失われていくのだろうか 日々の暮らしの中に根ざした手探りの文化を確かめたい 北の大地に営々として暮らし続けてきた愛郷のおもいを確かめたい 失ってはならないこの街の暮らしの良さを見つめ直そう 観光客にもここで暮らしたいという Message を伝えよう   〔 2025 年 6 月 8 日書き下ろし。今宵よさこいソーラン祭りが終演した。全国から海外からも参加した多くのチームが力一杯演じた。そこに多くの観客が喝采の声を上げていた。これも文化であり、明日からまた各地で来年の演舞の仕込みが始まる〕

引け目を感じつつ

人間の度量の違いを知った 世に名のなき人である 名さえ残さぬ市井の人である 目を見て話す穏やかな語り口の人である 立ち振る舞いに実直な人柄がにじむ人である ふと子ども心を見たような気がする   人間の包容力の大きさを知った 名声など求めぬただの人である 聴けばおもいを捉え話せば確信を突く人である 選り好みせず誰もが胸襟を開く人である 自然に心を許し素直になれる人である ふと子どもに戻って抱かれたような気がする   人間の裁量のあり方を知った 悔悟に気づかせる人である 悪しき考え方や行動を認めさせる人である 相手の心の痛みに添う覚悟を諭す人である 過ちと向き合わせ改悛の情を導き出す人である ふと子どものたわいない告白のような気がする   人間の寛容の要を知った 世をいたずらに嘆くことをよしとしない人である 憤怒の感情も静かに堪えている人である 卑劣な言葉にも動揺せず受け止める人である 世をはかなむ感傷にも安易に添わない人である ふと子どもの悪態を優しく許すような気がする   人間の慈愛の深さを知った 人をひとりの存在として受け入れる人である 善悪の判断を間違っても戻れるよう共に考える人である 人の気づかぬ無償の愛を共に見つけ出す人である 苦悩し絶望の淵に立っても踏み止まる決心をさせる人である ふと子ども心に父と母の慈愛にくるまったような気がする 引け目を感じつつ こんな人になりたいと 老境に入ってなお憧れる   〔 2025 年 6 月 4 日書き下ろし。未熟さを知る。そうありたいというおもいが残り火となる〕