延命拒否
35年前妻宛に残した一通の手紙
日本中を飛んで歩いていた時代だった
パンツの替えは忘れなかった
旅先で何か起こった時に汚れた下着は恥だった
もしも存命の確率が低ければ延命措置を拒否する
その文書を妻宛の手紙に託していたのだ
尊厳死が社会問題になるはしりだった
臓器移植も眼球バンクの登録カードを財布に入れていた
脳死による臓器移植や保険証に意思表示する前時代だった
集中治療を受ければ高額な医療費が残された家族に負わされる
すでに生命維持でしかない仮死状態で延命する意味はない
苦しみを長引かせるだけの様々な医療器具や薬剤が使われる
救命ではない処置に医師の倫理観も問われる
目を落とすまで奇跡を信じる家族は祈り続ける
家族はジレンマを抱えながら苦渋の決定を下す
命の値段も確かにある
裕福な者たちは高額な医療を受けて存命を維持する
それを誇る者たちを冷ややかに見る自分がいる
貧困な者たちは治療を受ける機会さえ奪われる
貧富の格差を如実に見せられて憤る自分がいる
明確に延命拒否する意思を医師は社会は尊重するのか
最期の意思決定を託した手紙はいまも手元に置かれたままだ
書き換えをすることもなくいまも有効性を保持する
〔2024年10月15日書き下ろし。尊厳死や安楽死について社会的な関心はまだ低調だ。当事者や家族が当面することで個別化される。そのとき医療機関はどう対応しているの知りたい〕