老いるを知る

老いは悲しみを引き受けることから始まる

 

忘れていく認知障害

引き受ける覚悟のないまま始まる

 

目薬の入れたケースがなくなった

二重窓の間に冷やしておいたはずなのにない

3時間事にドライアイの緩和で点眼する

昨日昼外出から戻って確かに点眼した

チャックが閉めにくくなっていた

その記憶は鮮明にある

 

今朝何気なく物色したところから見つかった

決してそこには置くことはないところだった

なぜの問いは無意識という行為には無駄だった

健忘症という道に確実に立っていることを実感する

 

抗えない忘却を受け入れなければならない

どうしょうもない現実に直面する

そしてそれが積み重なっていくのだろう

頼りない記憶が消えてゆくのを傍観する自分を見る

 

置き忘れた記憶の断片は見つかることもない

穏やかな時間の流れに身を置くまではしばし猶予がある

それまでは忘却という悲しみを友としよう

 

20241217日書き下ろし。日々の何気ないことから忘却という老いを知らされる〕


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