初めての心臓マッサージ
無精ひげを剃りたくて温泉に行った
脱衣場には異常な空気があった
長椅子に痩せ気味の男が仰向けに横たわっていた
湯中(ゆあた)りかと思ったが違った
友人と見られる初老が盛んに声をかけて揺する
半眼で血の気は引いていた
気道はバスタオル枕で確保されていた
救急車を要請したと聞いて再度受付に緊急性を伝えた
戻ってきて状態はさらに深刻度を増していた
数人裸の老人たちが遠巻きに見ていた
すぐに心臓マッサージを始めた
友人は励ましの声をかけ続ける
胸板は薄く胸骨を折るのではないかと思った
少し呼吸が戻ったようにも思えた
脈拍は弱いがまだ停止には至っていない
ママチャリで汗をかきさらに汗が噴き出した
4分ほど経って救急隊員が入って来た
すぐに救急処置に入った
脈拍はかなり低く強く心臓マッサージをする
気道を専門機器で確保する
息を吹き返す事はなく懸命な処置が続く
友人は別の隊員に事情を聞かれていた
入浴前に突然具合が悪くなり倒れたという
搬送する病院に連絡を取りながら同乗を求めた
男性は一人暮らしで内地に弟がいるという
生年月日を聞かれても正確には覚えていない
何か身元証明するものを携帯してはいなかったようだ
友人と温泉を楽しみにやって来ての異変だった
入浴後ビールでも飲む約束は反故になってしまっただろう
その場を離れて露天風呂に入った
5分後サイレンを鳴らしてようやく救急車は病院に向かった
無事であることを祈るしかなかった
〔2025年7月17日書き下ろし。初めての心臓マッサージだった。20年以上も昔、救命教習で見ただけで、実際にするとは思いもよらなかった。数日後無事だと知った〕