廟に眠る
墓誌に57歳の娘の名があった
それから1年半後母は88歳で逝った
母は娘より先に死ねないと口にした
娘は障がい者施設で暮らす
母は盲老人ホームで暮らす
離ればなれで長いこと暮らしていた
娘の死を知らされた
母は娘の名を呼ぶだけだった
認知症が進んでいた
それでも娘を愛しむ様子があった
身寄りは母しかいない
お骨は母の施設で引き取った
母は娘を見送ったことで安らいだのか
静かに息を引き取ったという
行く当てのない遺骨を弔う廟を持つ
45年前に篤志家の支援を得て建立した
二人の遺骨は85人の方と縁を結ぶ
今日しめやかに年に一度の慰霊祭があった
廟の周りに6枚の墓誌がある
空白は2人分となった
どのように増設するか話題になった
法人の職員の手で大切に継承され守られてゆく
墓誌に刻まれた故人の名前を読む
平成の時代に入るとベテランの職員も知るところとなる
その人なりとエピソードが話題になる
墓参りに来る家族がいなくても覚えている人がいる
廟の中には20余の骨箱が安置されている
これらのお骨を土に返す弔いをするのは職員だ
因縁を結んだ人との繋がりを大切にする職員がいる
墓仕舞いして無縁仏が多くなる世相に抗う職員たちかも知れない
老人介護施設に実習に来ている3人のアジア人もいた
ヒジャブを被るモスリンの若い娘もいた
日本の物故者を弔う儀式に参列していた
異教文化を学ぶ貴重な体験となったであろう
曇天の空の下85歳の老僧の読経が渋く流れた
二つの施設をインターネットで結んでいた
新型コロナの置き土産はここでもいかされる
盲老人たちは施設に流れる声を聴き取っていた
南無阿弥陀仏を唱えて合掌する
無縁である人たちの霊と結ばれる日となった
〔2025年8月29日書き下ろし。北海道友愛福祉会は全国でも稀な法人として廟を持つ。
無縁仏にならぬよう、墓誌に名を刻む。そこには人知れず深いドラマがいくつもあった〕