43年前のロシア兵士たちへ
兵は拙速を聞くも未だ巧みの久しさをみざるなり(孫子)
(戦争においては例え戦果が不十分な勝利であっても、速やかに終結に導くことによって戦争目的を達成したとは聞くが、これに反して完全勝利を求めて戦争を長期化させ結果が良かった例はいまだかって見たことはない)
1979年12月ソ連はアフガン侵攻した
軍事介入は西側陣営から強い非難を浴びた
西側から経済制裁を受けモスクワ五輪もボイコットされた
東西デタント(緊張緩和)は頓挫し冷戦が再燃した
81年米レーガン政権は軍備を強化する一方ソ連は立ち後れる
アフガン侵攻を甘く見て限定的な短期決戦という思惑を見事に外す
アフガンの山岳的な地勢の有利性は兵站のルートを攻撃し続けた
長期化し泥沼化した10年に及ぶ戦争はソ連の国家体制を蝕んだ
1989年2月アフガンから撤退を余儀なくされた
その2年後ソ連は崩壊する
アフガン侵攻による戦死者は15000人
負傷者5万人
病気を罹患した者42万人
心的外傷後ストレス障害(PTSD)を負い社会復帰できない者もいた
戦ったのはロシア共和国(いまのロシア連邦)だけではない
ロシア50.1% ウクライナ17.3% ウズブク7.8% ベラルーシ5.3%
タタール3.2% カザフ2.6% トルクメン タジク アゼリ モルドバなど
ソ連邦崩壊後独立する多くの国々からも徴集され無益な戦争に駆り出された
「アフガンにおける戦争は犯罪的な冒険主義だった」(人権活動家サハロフ博士)
「侵攻の決定は道徳的・政治的非難に値する」(1989年12月ソ連人民代議員大会の決議)
2014年プーチンは速攻でウクライナのクリミヤ半島を併合
東部を親ロシア派が占拠し今年2月には2つの州を独立国家と承認する
ウクライナのNATO加盟を阻止する先制攻撃をおっぱじめた
特別軍事作戦とは名ばかり宣戦布告でウクライナ全土の占領を企む
アフガンの悪夢を知る43年前の兵士たちは高齢者となる
アフガンと同じ間違えを侵すプーチンに従順な態度をいまも示すのか
我が息子を独裁者のエゴに巻き込まれて殺されるのを黙認するのか
同胞が殺し合うこの戦いの不義を訴え終結への声をあげるのは誰だ
〔2022年4月19日書き下ろし。アフガン侵攻で辛酸をなめた者たちがこの戦いを支持するのなら、息子たちはその手には二度と戻ってこないだろう。戦争は長期化する〕