どこまでやれるのか
老いの知力と体力の限界はどこなのか
そもそも限界というのは何なのか
限界の線引きは一体何なのか
知力はまだ錆びてはいない
錆び付くとはどんなことなのか
知識を記憶する力は確かに衰えた
代わりに電子機器に担わす
目的に見合った必要な知識を関連付ける力こそ必要か
記憶の劣化を限界にするのはいかがなものか
たんに優越感に浸りたいだけの愚弄か
知力は解決すべき課題にムル稼働する総合力だ
現状の問題や課題を正しく把握し認識する
さらに課題を思索しつつ解決法を見出す
新たな視点を模索しながら試行錯誤する
一瞬のひらめきにも心躍らせながら追及する
経験知を活かしつつ思考の世界に悠然と遊ぶ
体力の限界とは何か
いままで出来たことが徐々に出来なくなる
容貌も変わり動作も鈍くなるだけのこと
身体能力の劣化は自然の摂理でしかない
その衰えを蔑む魂胆は何か
そこしか比べられないさもしさが哀れだ
集中力も伴う体力も長くは続かない
視力も焦点が合わず眼精疲労も溜まる
患いつつも辛抱強く現状を受け入れる
最期の時まで生きるしかないのだ
その姿を嘲笑されるいわれはない
限界は他人のせいにする諦めかもしれない
知力はいまだ成長の過程でしかない
体力を知る己とのしのぎあいを続けよう
はてどこまでやれるのか
日々確かめつつ生きるを愉しむ
[2024年4月26日書き下ろし。限界を自分で引くにはまだ早い。試すべき機会がまた生まれたことに感謝したい]