指導と傷害罪
水泳の授業に生徒が遅れた
中学の体育教員はクラスの全員に罰を与えた
連帯責任だとプールサイドを走らせた
見学で水泳の出来ない子も一緒に走った
当日の最高気温は34.2℃の
プールサイドのコンクリは反射熱で高温になっていた
素足で周回70㍍以上を7周500㍍余走らせる
十数人が保健室で治療を受けた
火傷していた
水ぶくれがあった子もいた
5人が医療機関を受診した
翌日の中学校総合体育大会を棄権した子も出た
火傷をさせた
教員は状況判断が甘かったと言い訳する
生徒に怪我をさせて申し訳ないと謝罪する
学校事故として謝罪で従来済まされてきた
二度と繰り返さないよう学校改善に努める
校長の言葉は理不尽な思いをした子らに響くのだろうか
不適切な指導は常習化してはいなかったのか
体罰でしかない指導を容認してきたのは誰か
連帯責任という指導はあってはいけない
状況判断ではなく指導そのものが誤りなのだ
指導に名を借りた歪なしごきがまかり通る
正当性など微塵もない教員の横柄さが際立つ
旧態依然とした体育系の体罰がいまも続く
やってはいけないという意識すらない現場の問題
面倒に巻き込まれたくない教師集団の黙認と不作為が生む
なぜ傷害罪にならないのか
故意や過失に基づく傷害罪に問われる可能性も否定できない
教員は厳密に過失の場合その行為は業務上過失致傷ともなり得る
行政処分で済まされることが否定できない教育的指導という怖さなのだ
保護者や生徒が起訴しない限り調査も穏便に済まされ曖昧になる
マスコミの関心は冷めその後の経緯を知ることはない
問題は個々の教員の資質に帰され世間から忘れ去れていく
バレなければ同じことを繰り返す教員たちは指導の陰に隠れる
教訓などになり得ず教訓にさせられる子どもの悔しさが放置される
〔2024年7月23日書き下ろし。熊本県人吉市の中学校で19日起こった。傷害罪を問えるのか、教訓はいつも教訓にはならず子どもが涙する〕