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ある男の物語

大祖国戦争を美しく飾りたて信奉した男 プロパガンダで無駄死にを粉飾した男 侵略戦争へと駆り出し亡国の岐路に立たせた男   士気を失い死路へ旅立ちを約束された男たち 祖国奪還の欺瞞を見抜けず背後から狙われる男たち 帰還しても PTSD に冒され日常に回帰できない男たち   第二次世界大戦で 2000 万人が犠牲となった大祖国戦争 語り継がれてきた美しき物語 心地よい英雄的な物語 痛ましい悲劇的な物語 恐ろしい独裁の物語 ( 引用『同士少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬 )   いま新たな物語が血に塗られてゆく ウクライナへの進攻を正当化する物語 大祖国戦争の敵味方が反転する物語 スターリンの粛清の歴史を繰り返す物語 結末は 1 億 4600 余万人が命の危機に瀕する物語   男の夢路の果てに見える風景 倒れた墓標に刻まれた「英雄」   [2023 年 9 月 11 日書き下ろし。いま『同士少女よ、敵を撃て』を読み終えた。旧ソ連をウクライナに、旧ドイツをロシアに置き換えて読むと、いまの戦況がかぶってくる ]

追憶の雫

なぜか涙の雫が落ちる 子ども時代の悔いに見舞われる 巻き戻せない時の無情 取り戻せない事の非情 呼び戻せない心の乖離 差し戻せない罪の意識   突然涙の雫が落ちる 固執する悔いを想い出させる 逃れられない悔いに責められる 忘れていた悔いがふっと浮かび上がる 避けてきた悔いが息を吹き返す   悔いることのない人生はない 大なり小なり悔いを積み重ねて生きる 失敗が癒やされる人生はない 大なり小なり罪深さを抱いて生きる 悲哀にたじろがない人生はない 大なり小なり涙の数だけ遺恨を消せず生きる   不意を突かれていまを省みる 涙の雫がいまの心のありようを問う   [2023 年 9 月 10 日書き下ろし。ふいに悔いに襲われる。子ども時代の後悔の海に溺れる ]

ベンチのある風景

秋風が立ってきた ベランダから向かいの小公園が見える 網戸越しに人声が入ってくる ひとつのベンチが置かれている ベンチは老若男女の楽しき会話の場となる   猛暑の今夏 幼子を守するママともたちはベンチで噂話に花を咲かせる 日傘を差しながら老女たちはベンチで過去を懐かしむ 若いカップルは好きという感情をベンチで温める 子どもたちも遊び疲れてベンチに尻を預ける   ベンチが置かれているということ しばし休める空間を提供する小道具 世間話を盛った空間を料理する小道具 見知らぬ者を結ぶ空間を演出する小道具 小さなコミュニティの空間を意識する小道具   日常の風景に当たり前にある小公園のベンチ 近所の小公園は憩う場とは真逆だった 夏草で足下が覆われ訪れる者は全くいない 需要のない公園の整備にかけた大枚の税金は朽ちてゆく 役所仕事の作ってやった感だけが取り残される 侘しい公園に置かれたベンチは飾り役を終えてゆく   さて我が心のベンチはいかがか 誰かが座る場所はあるのだろうか 誰もが憩う場所ではきっとない 誰かが座る指定席になっている 誰もが憩うほど心にゆとりがなくなった 誰も座ることが出来なくなったら …それだけの人間だったのかと   [2023 年 9 月 10 日書き下ろし。 9 日は休稿。ベンチがある日常の風景がふと気にかかった ]

価値観の違い

価値観の違いが互いを遠のける ちょっとした行き違いでも 時に対立し憎しみを生む   人の思い込みはままならない 正しいという思いの強さがぶつかり合う どちらが負けを認めるのか どちらも頑固に言い張るのか どちらが意地を引っ込めるのか どちらも意地を張り続けるのか 価値観はどうでもいいことまで引っ張り回す   人の世はままならない 習わしや文化の違いで対立する 世代のギャップも大いに影響する どちらが妥協するか どちらも妥協しないか どちらが認めるか どちらも認めないか 価値観はどちらの言い分も否定できない   世界の紛争の種火は尽きない 歴史観や人種そして政治と多岐にわたる価値観 口論する手に武器を持つ 口論せずして殺し合う どちらも負けるまで戦い続ける どちらも生死をかけて戦い続ける どちらにも正義があり不条理を伴う どちらにも味方と敵の国がせめぎ合う どちらも理なく利にさとい価値観を露骨に示す 価値観の対立は世界をカオスに導く   [2023 年 9 月 8 日書き下ろし。人は簡単に憎しみを覚える。価値観という個々の物差しが対立を生み泥沼へと引き込む。戦争は愚の骨頂と知りながらもやり続けるしかないのだ ]

自由に翼を羽ばたく

初冬豪州に出稼ぎに行くという いまの仕事を辞めて飛んでいく 見知らぬ国の名も知らぬ人と会う   16 の時フィンランドに 1 年留学した 高校卒業後彼の国に惹かれて準備をする ロシアが無謀な戦争を仕掛けた 渡航はままならず中断を余儀なくされた   中途半端な思いがくすぶっていた 青春のたぎる衝動は抑えることができない 羽ばたく翼を持つ者は飛翔を試すしかない なんのつてもなく豪州に向かう無謀を楽しむ   約束された日々の暮らしにふと立ち止まる 青春のたぎる熱情は抑えることができない 渡航の金しかない者は飛翔する風の音を聞く   自分探しという陳腐な旅のことではない 自分の生きるを確かめる大人の旅となる 自分がなぜ生まれたのか 自分がどう生きるのか 異邦人との出会いや暮らしからきっと見つかる   翼を持った鳥は自由に風に舞う 青い空青い海に染まず飛翔せよ 豪州へのジェット気流に飛翔せよ 衝動に導かれ情熱に身を焼く青春に飛翔せよ   誕生日おめでとう!   [2023 年 9 月 7 日書き下ろし。孫娘の 24 歳の誕生日。人生やりたいと欲すれば自らの翼で羽ばたこう ]

劣等感の裏返し

羨望は劣等感の裏返し 憧憬に似て異質 羨望はそうありえないという失望  憧憬はそうありたいという希望   物欲は劣等感の裏返し 知欲に似て異質 物欲は満たされぬ願望の追求 知欲は満たしきれぬ真理の探求   蔑視は劣等感の裏返し 軽視に似て異質 蔑視は見下げることの高揚感 軽視は見下すことの優越感   憎悪は劣等感の裏返し 奸悪に似て異質 憎悪はいまを打破する動力 奸悪はいまも根強い性根   装飾は劣等感の裏返し 洒落に似て異質 装飾は身の程知らずの虚勢 洒落は身についた実像   威圧は劣等感の裏返し 畏敬に似て異質 威圧は人をかしずかせる欺瞞 畏敬は人が求める品性   ※奸悪(かんあく)心がねじけて悪いさま。また,そういう人。悪人。   [2023 年 9 月 6 日書き下ろし。生まれ持った劣等感がふと顔を出す。乗り越えられない悲しさを纏いつつ人は生きる ]

添うの本意

あなたに添う 黙ったままそばにいる 何も語らず黙するふたり   あなたと添う 心安らぐまでそばでいる 苦いおもいを噛みしめるふたり   あなたに添う 心開くまでそばにいる 何も問わず時するを待つふたり   あなたと添う 涙が乾くまでそばでいる やりきれなさを受け止めるふたり   あなたに添う 失意が和らぐまでそばにいる 辛さの先に救いを見るふたり   あなたと添う ことば発するまでそばにいる 悔しさも喜ぶもともにするふたり あなたと添うことの本意 添い合う誰かがそばにいるということ ともに生きるをつくるふたりになるということ   [2023 年 9 月 5 日書き下ろし。そばに誰かがいるというだけで人はいきていけるのではないか。老いの先に見る添い合う人の存在の重さ ]