童心に返る
東京から札幌に嫁入りするときに ピアノを連れてきた
昭和42年春 木造二階家の二階に置かれた
夫の両親ときょうだい そして新婚夫婦7人の同居だった
知る人もなく 慣れない北の暮らし
心労は 若い身体にもキツかった
日々のことにかまい 子育てに追われた
ピアノはいつか 家具のような存在になった
長女が短大に進んだ
保育を専攻したことで ピアノは少しかまってもらえた
調律は その頃が最後となった
義父を見送り 義母のお世話に明け暮れた
ピアノは 建て替えた家の茶の間に鎮座したままとなった
昭和21年2月 満州大連から四国香川に引き上げてきた
一家は丸亀市の元兵舎に住まいし 丸亀城の近くの小学校に入学した
4年生の頃 母親が洋裁の仕事をしていた洋服店についていった
その家で ピアノのレッスンを間近で見た
少女は生の音に突き動かされた
ピアノを習いたいという衝動に駆られた
満州とは月とすっぽんの 内地での厳しい現実が立ち塞がった
ピアノを買うお金も レッスン料などとても払える家計ではなかった
洋服屋の奥さんが見かねて 娘と一緒にと好意で誘ってくれた
レッスン料も 講師に掛けあいおまけしたくれたようだ
千葉県に引っ越しするまで 楽しい日々が続いた
中学に入って合唱部に入った
顧問の先生は ピアノを習っていたことを知り伴奏をさせた
高校も合唱部に入り伴奏を担当した
学校のピアノは いつも音楽の世界に誘った
音大に行きたかった
姉たちは父の事業を手伝い 誰ひとり進学しなかった
東京で働きたいと許しを得て 兄と同じ職場に就職した
間もなく兄は父の事業を支えるために 千葉に戻った
ひとり東京での生活が始まり 給料やボーナスをコツコツ貯めた
都営の古い団地の2階に 念願のピアノがやってきた
それから 60年近い歳月が流れた
80の齢を重ねて ピアノとのエピソードを語る機会があった
心のどこかで 気がかりだったひとつだった
調律師がピアノを優しく解体し 丁寧に調律の作業を進めてゆく
愛おしさが湧いてくる
取り出された部品の一つひとつに 愛着すら感じられた
ハンマーで 200本以上もある弦を調律する
その微妙な作業の一つひとつを 注視し心奪われる
調律師が鍵盤を叩き 流れるように音を出す
何か落ち着かない衝動を感じ そわそわする
放置していたピアノは いま息を吹き返してくる
その実感が 時の経過とともに高まってきた
ピアノは もはや家具ではなくなった
生きた音を奏でる 私の一部となり心を揺さぶった
まるで童女だったころの 最初のピアノとの出会いのようでもあった
あるいは自分のピアノの鍵盤を 初めて叩いたときのようでもあった
ピアノは 戦後浜松市でつくられたものであった
鍵盤は象牙で いまはワシントン条約で入手できない貴重な部材だった
ピアノの上前板や下前板そして屋根の部分も 共鳴材としては優れものだった
鍵盤が叩く 一弦一弦のフェルトも高質で痛みも少なかった
弦にも劣化はなく 取り替える必要はなかった
長い間放置されていたにも関わらず 全体的な状態はよかった
三時間以上をかけた調律は終わった
調律師は嬉しそうに生き返ったと伝えた
鍵盤を叩くと軽かった
音が柔らかく時に強く 部屋いっぱいに響き渡った
楽曲を早く弾いてほしいと せがんでいるようだった
童女のころの憧れが 胸をいっぱいに満たしていた
指は思うように動かなくなったいま
生き生きとしたメロディーを再現することは難しい
でも 私のピアノが再生したことが一番嬉しい
老いに身を委ねてはならない
いま ピアノは再生して私に語りかける
できなくなったことを嘆かず やれることから始めよう
これから ピアノは生涯の私の友となる
童心に返って 心から楽しんで弾く豊かな時が刻まれる
傍らで伴侶は その喜びを共に味わう
〔2022年6月12日書き下ろし。2016年本屋大賞を取った『羊と鋼の森』(宮下奈都著)のモデルになった調律師が、見事に古いピアノを再生させた〕