貧しき感性
木の葉から差し込む陽のまばゆさに目を細める
林を吹き抜ける風が爽やかに通り過ぎる
湧き出す澄んだ水が冷たく喉を潤す
野鳥の鳴く声にすばやく目線が走る
足の下の野草の小さな花をのぞき込む
夜空を覆い尽くす壮大な宇宙のスペクタクルに魅入られる
そしてこの世界を飲み込むように大きく呼吸する
整備された保護林の散策を携帯見ながら歩かされる
自然の音をかき消すおしゃべりと笑い声が響き渡る
高額なカメラは野草を踏んでマナー無視で野鳥を追う
利便性が優先するキャンプ場は発電機で煌々と照らされる
浜辺も川辺も饗宴の残骸がそのまま放置される
自然をいたぶることに何の罪悪感も抱かず子に継がれてゆく
疑似体験が貧しい感性を育てる
湧き水を手酌で飲むことなどありえない
実った果実を手でもぎ食べることはない
土に触れることも子ども時代にあっただけ
戦争の惨禍も映画を観る気分でしかない
命のやりとりも暴力もゲームで弾ける
滅び行く自然を映像でしか見られない
そこに吹く風の匂いもぬるさも強さも知らない
育つべき感性は人工物の中に埋没していく
想定済みの想像力が感性をさらに貧しく育てる
利害に聡い者たちが世界中の自然を食い散らかす
感性の貧しさは彼らの心に宿り破壊を繰り返す
知欲を高めることを優先する教育システムは破綻寸前
感性を高めることに無能な教育システムは無用の長物
既存の教育システムから逸脱し感性の再生を始める子ら
子らの自然回帰は導く者たちの存在と行動に託される
〔2024年6月4日書き下ろし。貧しき感性について、論及しなければならないテーマだ〕