二年分が整理を待つ
まだ800編の詩が残る
19年秋から21年12月までの詩編だ
ここ数週間書いた詩編をチェック中
Blog「こころおきなく」は数日前に終えた
いま取りかかっているのはその前の詩編だ
Blog「市民福祉教育研究所」に寄稿したものだ
19年夏から22年3月まで約1000編
「鳥居一頼の世語り」として書いたものだった
詩を本格的に書く契機ともなったBlogだった
いまも恥ずかしながら掲載されている
正月には詩集「夢織りし子らに」を寄稿した
過去の詩のチェックを通して驚いた
いまにも通じる多くの詩があった
数編は改訂版としてこのBlogにupした
自己評価は様々だがまだ訴える内容でもあった
表現力が拙いものも確かにある
テーマの着想はあながちおかしくはない
教育はいまもそのまま生きる
子ども向けの詩編は再掲を余儀なくされるだろう
子どもの問題は何の進展もなく停滞しているからだ
自死やいじめの問題はもっと深刻化しているのも辛い
教師の問題も何ら変わることなく低迷している
処遇を改善しようとも学校の体質は変わることはない
ただ幼児教育は「めんこいしょ」が異彩を放った
時々幼児のあどけなさに心が惹かれ癒やされた
いま幼児教育への関心が強く湧き出ているのも納得できる
学校教員の幼児教育への関心の低さを今更に悔いているからだ
保育は幼子の情緒や基本的な躾に重要な社会的責務を果たす
その世界を知ったいま真っ直ぐに向き合って書きたいと思う
2000編をゆうに越える詩編を整理しながら考えた
思索の足跡を振り返ることだけでない
詩作の労力を省みることでもない
言語力や表現力の拙さを悔いることでもない
社会への批判力の鈍化を知ることでもない
時代や社会を切り取る感性を確かめることか
人間への関心と洞察力を鈍らせないことか
次代を生きる若者たちへのメッセージ力を鍛えることか
己の人生の有り様を問い続けることか
過去の詩の断片からいまだ萎えぬ詩作力を刺激する
過去に生きた己の人生の証を見つけさらに思索する
過去の詩の拙い言葉力を恥ず表現力に昇華するよう常に磨く
求めるところは己との日々の感性と言語の葛藤である
明日もまた過去との対話をし続けて己と出会う
〔2025年2月11日書き下ろし。外は吹雪いている。日本各地では雪害が起きている。今冬最後であることを切に願う。机にへばりつく時間が長くなった〕