母への道

手稲の金山に母はいた

認知症を患い老人ホームに入れた

手稲に住む妹から近いという施設だった

石狩の女子大の講義の帰り道

母に会いに行った

ベッドの脇で学生のレポートを読んだ

反応はなかったがそばにいた

時には伸びた手足の爪を切った

 

園の行事の度に妻とも通った

森本のゼリーがお気に入りだった

介護士にお願いして食べさせてもらった

食欲は旺盛だった

介助すると舌を伸ばして催促した

母の最後の週は枕元でいた

締め切りの迫った論文を書いていた

朝方巡回に来た介護士が脈がないと告げた

母に黄泉の国から戻るよう耳元で叫んだ

2014年3月30日朝6時過ぎだった

 

今日数年ぶりに妻と長女と国道を走った

葬儀をした葬儀場を通り過ぎ想い出を語った

内輪の葬儀は常識破りの賑やかさだった

読経もなく娘のピアノの演奏がバックに流れた

妻も子も孫も母との想い出を語った

食事の後母の大好きなカラオケに興じた

妹が用意した景品に一喜一憂しながら母を偲んだ

 

金山に通じる道路を左に見て過ぎた

訪問の帰りに立ち寄ったアイスクリーム屋を探した

孫が喜んで食べていた情景を妻は語った

小樽銭函に家移りする娘の家に行く途中だった

グランドピアノが玄関口からは搬入できなかった

昨日重機で持ち上げられてベランダから入った

3階のリビングに鎮座するピアノは安住の場を得た

16の時に買って45年は娘と共にあった

そもそもは母が初孫にピアノを買い与えたことに始まる


高台のベランダからは銭函の街並みの先には海が見える

防波ブロックに白波が激しくぶち当たっていた

石狩湾を囲むように海洋に風力発電の風車が白い姿で立ち並ぶ

夏の景色を想像しながら灰色に化した冬景色に見入った

ただ冬空に満天に降る星の光をここから見たいと欲した

 

短い滞在時間だったが陽の落ちるのは早い

手稲から札樽道の高速に乗った

大谷地で降りて自宅まで所要時間50分だった

妻と娘と一緒につかの間でも母を偲ぶ刻を愉しんだ

 

〔2025年11月29日書き下ろし。慕情に心動いた〕


このブログの人気の投稿

忌憚なく

袖のノイズ

予期せぬ変調