宗教観を滲ませる

詩の朗読をした

作風に宗教を感じたという

死生観を描くと滲んでくるようだ

 

無信仰である

残念ながら詩作に宗教性はない

湧き上がった言葉を綴るだけだ

 

生まれたこと

老いのこと

自死のこと

どう生きるか

なぜ生きるのか

宗教だけが語りうる世界なのか

 

詩は外に出せば読み手に委ねられる

自由に感受すればいい

宗教観を感ずるのなら否定しない

作為的な詩と感じたなら拒否もある

 

無意識に神や仏が想起される

読み手の宗教観が詩と共鳴する

解釈を押しつければ洗脳となる

 

一編の詩の描く世界の多様性を知らされる

どのように心動かされ揺れていくか

死生観を宗教が導くのは読み手の感応力でしかない

 

意図せぬ解釈は詩の世界を面白くする

刺激されて朗読することで思索は深まる

自身の存在と有り様をどう問うかが残される

 

〔2026年2月10日書き下ろし。詩を用いた研修会終了後、家路を急ぐ参加者が道すがら参加者との会話が「宗教みたい」だった。以前カトリック信者の参加者にも質問された〕

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