建前でしかない

子どもの自死問題

新聞の論調は崇高で美しい

 

専門家の力を借りる

身近にどんな人がいるの

相談できるくらいならしているよ

 

家庭で子どもを見守る

見守れなきゃ家族のせいにできるかな

自死の要因を家族問題に転嫁しやすいね

 

学校で子どもを見守る

当たり前が当たり前に出来ない

自死が起こっても正直に言わないね

 

社会で子どもを見守る

子どもとの接点がなければ無理だね

自死は他人事で防ぎようがないからね

 

自死の兆候を見逃さない

誰が一番近くにいるんだろう

友だちもいないからひとりぽっちだ

心の内を誰にも打ち分けられない

自己否定感情だけが募ってくる

教師もわからなかったって言うだろう

規則正しい兆候なんてあるのかい

 

自死の要因を見逃さない

誰もしたことを取り沙汰されたくない

そもそも国の統計でも精神的鬱が原因だって

そこが違うよね

鬱にしたそもそもは何だろう

学業不振・交友関係・家庭環境などなど

学校には責任ないような統計上の処理って知ってた

いじめが原因だと究明するには簡単にはいかないね

要因をつくった自覚なんて誰も考えもしない

心を折れて弱かったから逝ったのかい

自死ってそんなに簡単なことじゃないだろう

 

速やかに対応できる体制づくりって誰が整備するんだい

問題が起こってからでは遅すぎる

自死した子らの思いが本当に伝わっているのかな

自死した子の親も二度と起きないようにと強く訴える

でもなぜ死に急ぐんだろう

なぜ助けられないのだろう

建前のきれい事を並べても実態と乖離している

そう思わないかい

 

数字で表れた子どもの数が統計上で処理される

それだけのことで世間は学校は家庭はスルーする

そこに子どもの苦しみを想像することすらしないだろう

学校はいつのもように管理システムを保持する

家庭は学校に従順になるしかない

世間は見て見ぬふりをするしかない

子どもの個々の問題の深さを知るよしもない

 

大切な命が失われてからでは遅きに失する

事実はいつか風化してスローガンだけが残る

毎年同じことを新聞は報じて論じる

何も変わらぬ日常に子らが取り残されていく

 

真剣に子の悩みと向き合い学ぼうとしているのか

そこに果たして信頼というつながりは存在するのか

教育という営みにある共育に根ざさねばならない

そこにわかったふりをする大人が排除されるだろう

信じられる人の存在とその言葉が唯一の救いとなる

それを見極める力こそ共育の実践にかかってくる

 

〔2026年3月5日書き下ろし。新聞社説の論調の白々しさに何も変わらぬおもいが募った〕

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