投稿

核をおもちゃに

撃ちすぎました 手元のミサイルありません 早く終わらせてください もう攻めることも守ることもできません 核を使うしかありません   これ以上兵士はいません 出せば出すだけ無駄死にです 早く終わらせてください もう戦い疲れました 核でも何でも使ってください   挑発するだけ墓穴を掘ります 兵站のルートを潰します 早く終わらせましょう もうお互いしんどいですからね 核で脅せばどうにかなりますか   戦争はゲーム感覚ですね 地図の上で作戦錬ってるだけですか 早く終わればドローでいいでしょう もうこれ以上墓標は要りますか 核しかないなら手詰まりです   ドローンが空を覆います あっちもこっちも火柱が上がります 早く終わらせなければ灰燼に帰します もういい加減にしませんか 核に執着するなら人間やめますか   ごめん そもそも人間じゃなかったですね 早く残忍な正体を明かしてください もう黙って従うのはご免被ります 核に人間としての良心が疼きます   〔 2026 年 8 月 31 日書き下ろし。米海軍参謀総長や地域別統合軍の司令官を含む米軍首脳部が、半年以上にわたって続く対イラン戦争について、現在の態勢を来年まで維持することはできないとの見解を示した ( ワシントンポスト紙 ) という。戦争ゲームに明け暮れる者たちが核をおもちゃにするのか〕 An English version of my Poem in “kokorookinaku2.blogspot.com”

成長と靴

とあるまちの認定こども園にいた 80 数名が在籍する園内を案内してもらった   午前中に寝るゼロ歳児の部屋があった 必要性を訴えるとすぐにつくってくれたという 財政的には厳しい町だが保育には力を入れる   海外からの保育留学の受け皿にもなっている 過去数カ国の子と保育士も受け入れた いまフィリピンからの保育士が3歳児クラスにいる   3 歳児が身長を測っていた 身長計の下で緊張した面持ちで顎を引く 1 ㍍ 7 ㌢と先生の声で身体を緩ませる 何だか微笑ましくて写真を撮った   5 歳児の年長さん 誕生祝いのお邪魔した 着飾った女の子を迎入れる お姫様の席について嬉しそう プレゼンターは指名制 男の子は照れながらアルバムを渡す 二人並んで記念撮影 やっぱり照れたまんま写った   1歳児クラスをのぞくと外出準備中だった 靴下を上手に一人ではける子もいる 格闘してる子もすぐにはあきらめない 手を貸してあげると微笑みで返してくれた 外に出る途中に就寝部屋の前を通る 保育士が唇に指を立てて注意を促す 賢い子らは静かに関門を突破する   玄関に出て靴に履き替える ここでも差がある なかなか履けない子に手を貸した もう靴が小さくなりかけていた 靴一つとってもサイズと履きやすさが求められる そんなことがふと気にかかった   〔 2026 年 8 月 27 日書き下ろし。最近訪問したこども園。園庭も広く、子らが伸び伸びとしていた〕 An English version of my Poem in “kokorookinaku2.blogspot.com”  

二学期の登校

学校が始まった 夏休みに転居した 転校した 二日目二階から見送る 車道を横切りながら 一度振り向く   三日目急ぎ足の後ろ姿 遅刻するかもしれない もしかして早く行きたい 振り返らずに一目散だ 動画の画面から消えた   1年生は元気なようだ 母親は毎日働きに出る 延長保育で乗り切った しかし学童保育には入れない 子は鍵っ子になった 母は部屋に監視カメラを設置した 職場から時々スマホでチェックする   待機児童ゼロへの対策をしてるのか 子育てに奮闘するシングルママは孤立する 子どもにフォーカスできない無策を放置する 行政の白々しい対応と制度の欠陥を知らされる   子ども家庭庁は役目を全うできているのか 地方自治体は学童保育を充実させたいのか 今日もまた母親の帰りをひとり待つ子を思う   〔 2026 年 8 月 27 日書き下ろし。札幌近郊の市の何とも情けない実態。行政による教育福祉の意図的な無策か〕   An English version of my Poem in “kokorookinaku2.blogspot.com”

見つけなさい

「悩みに直面する子どもたちにも伝えたいことがある。1人で不安を抱え込まず、信頼できる大人や友人に伝えてほしい。支えてくれる人は必ずいる」 ( 道新社説 2026 年 8 月 24 日 )   夏休みが終わる 類似の社説や記事が出まわる 社会発信しているとポーズを取るのか 毎年のいつものフレーズはかわりばえしない 響かない言葉がいつも冷めていく   登校拒否も自死にも囚われた子らには目に触れない 自死願望を止める手助けはあると書かれても 自ら捜させと訴えているのか そばにはだれもいない事実を確かめるだけのこと 信頼に足る大人も友もいない だからひとりで悩み苦しむ   支えてくれる人は必ずいる どうして言い切れるのか 個々の事情を省みず言い切る いるはずだと言いながらいなければどうする? 心身にダメージを負った子に捜させるのか 大人の領分でしかない乾いた言葉に翻弄される そしてまた子は疲弊していく   無責任な言い分が子をさらに追い込む 学校に対しての信頼性の欠如も否定できない 面倒を抱え込みたくない拒絶のサインを感知する 教師は多忙性を理由に子のサインを見落とす 級友はレッテルを貼り遠ざけ無関心を装う 親には心配かけまいと明るくふるまう 人間のつながりに疲れた子らに気づく力が求められる どこにいけば信頼に値する人に出会えるのか   学校や社会から自分の居場所を失う 登校拒否は社会的に黙認され卒業まで猶予される 学校は登校可能な子を受け入れるだけの機関となる 定期的な働きかけの有無が評価されるだけのことだ 不登校児は学年を引き継げば解放される 名目上卒業すれば責任は回避される なんと事務的な対応で事は進み子は排斥される   もしも自死が生じれば学校の責任の有無が問われる 事件性がなければ当然学校は逃れる算段を講じる 個々の心身の問題や学業不振と進路の悩みと報告する 家庭不和というわけの分からない理由付けで回避する いじめが原因で表面化したときには焦る 部活での指導死は犯罪として訴訟される例もある 翌年の異動で事件をうやむやにする常套...

ここはどこ

ここはどこ まっくらでこわい 声を出した 何もかえってこない   どうしてここにいるの だれもいないの ふりかえった 何も見えない   ここはどこ 震えがとまらない 立ちすくむ 何も覚えてない   どうしてここにいるの わけさえ知らない 混乱する 何も起こらない   ここはどこ 手を伸ばそうとした 一歩踏み出そうとした なぜか動かなかった   どうしてここにいるか 暗黒の世に包まれる ひとりぼっちの存在 世界が閉じていく気配を感じた   ここはどこ 問い返す光明はあるのか 子らを照らしてほしい 何ももういらない   〔 2026 年 7 月 27 日書き下ろし。希望という光は届くのか〕 An English version of my Poem in “kokorookinaku2.blogspot.com”

仲直りする

なんだかふわーっとするの なんにもかんじない どっかにこころがいっちゃたかも   どこにいっちゃたのかな ママのところかな   なんだかおちつかないの なんにもできない どっかにこころをおいてきちゃったかも   どこにおきっぱしたのかな おうちのおもちゃばこかな   なんだかつまんない なんもおもしろくない どこにもこころがいない   こころがないとあそべない ともだちもへんなかおをした   なんだかからっぽみたい なんもおもいつかない どうしてこころがいなくなるの   もしかしてにげちゃったの やくそくやぶったからかな   ママがおむかえにきた とんでいったらね ママがわらっていた そしたらこころがねもどってきたんだよ   〔 2026 年 8 月 10 日書き下ろし。ママと仲直りしたのかな〕 An English version of my Poem in “kokorookinaku2.blogspot.com”

ガンジス河の輪廻

インドニューデリーにいた 遠くに流れた異質な風景 ガンジス河の岸辺 老若男女が沐浴する 敬虔な祈りは生死の境にある   荼毘に付す煙がいくつも上がる 遺骨は弔いを拝し流れていく 喧噪の中にある一瞬の静寂 最期の儀式は己の明日となる 現世と来世の幽玄を彷徨う   今夏の盂蘭盆も暑かった 妻と墓参も無事終えた 仏壇に供された花はまだ元気だ 供物は夫婦二人でいただく 今朝片付けを終えた 霊魂は無事極楽浄土に帰ったのか   信心の浅き者のささやかな儀礼 亡くした者への追憶と感謝 お迎えが来るまでのつかの間の平穏 人生を達観することは叶わぬ幻想 ただガンジス河での生死に輪廻を感じた   〔 2026 年 8 月 17 日書き下ろし。盂蘭盆が過ぎると北海道は秋の気配。今年はどうかな〕 An English version of my Poem in “kokorookinaku2.blogspot.com”